2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

おともだち

アカウントいろいろ

Twitter
無料ブログはココログ

« 15歳の思い出 | トップページ | 守りぬく、地球(すっとぼけ) »

2013年5月23日 (木)

くじらのはなし

昔むかし、まだ誰もいない頃のお話です。
 今よりずうっと広い海に、大きなくじらがありました。

頭から背中まででほとんど海の半分を覆ってしまうほどで、ひれは水を切る手足というより、巨大なかたまりがずしりとくっついているようです。尾は逞しく、何百年も過ごした大樹のようで、もしこれが動くようなら、海鳥も浮島も飲み尽くす巨大な津波が起きるに違いありません。
 赤茶のごつごつした肌に、もりっと盛り上がる血管は山脈のようで、べったりこびりついた深緑や赤紫の色とりどりの苔が、一層それを連想させます。
 ばかっと肌を裂いて走った瞼やしわの深くからは、不気味に巨大な青白い目だまが、ぎょろりと動き回ります。
 鼻や潮を噴くのに空いたからだの穴は地獄の窯に見え、そこから出る息か何かの音は恐ろしく低く、悲痛な叫び声に聞こえます。
 くじらは、自分が大きすぎることを知っていました。そしてそれが、くじらはたまらなく嫌で、かなしいのでした。
 一度くじらは、かなしいあまりを歌ってみようと思いました。
 ぼくはからだが大きいのだから、きっと世界中に届く歌が歌えるだろう。そうしたら、ぼくとともだちになれる誰かが、きっとぼくを捜してくれるかもしれない。
 そう考えたのです。
 けれども、くじらの淡い希望も上手くいきませんでした。
 くじらがありったけの水を吸い込んで歌ってみると、海はたいへんな混乱になりました。
 鮮やかな珊瑚礁の森も、清潔な熱帯魚のおうちも、南を目指すさかなの群れもみんな、闇色のうずに抱かれました。
 そしてごろごろと、雷鳴のようなくじらの歌が、広い広い海に轟きました。
 世界で一番長生きの亀は、これは神さまのお怒りだと恐れました。
 やくざものの鮫は、悪魔がこの世に降り立ったのだと震えました。
 くじらのささやかな頑張りは、そのくじら自身の大きなからだが阻んでしまったのでした。

 
いつしかくじらは、誰にも迷惑をかけないように、自分が嫌いな自分自身が、せめて誰かに嫌われやしないように、動かなくなりました。
 泳ぐのをやめ、息を吸うのも潮を吹くのもやめ、ぎょろりと恐ろしい目だまは瞼で隠し、海の溝の一番深くで過ごしました。
 春も夏も秋も冬も。
 その次の春も夏も秋も冬も。
いつしかくじらは海の山と呼ばれ、ただの巨大な何かになりました。

 そうして何年もたった冬に、くじらのからだはゆっくりと、気球が空にのぼるように、海の上に浮いてきました。
 それは、もう昔のくじらではありません。
 深い青白の目だまは、海の底のならずものに取られてしまっていて、いん石でも落ちたみたいに窪んでいます。
 色とりどりの苔はすっかり落ち込んでしまい、海の底の暗さが混ざりくすんでいました。
 ごつごつの逞しい肌も、どこからか落ちてきた様々なごみや、とがったさかなの骨なんかで、ぜんぜん前とは違って見えます。
 もうすっかり変わってしまったくじらのからだを、しんしん降る雪が、母親が子どもをかばうように、隠してまいました。
 もはや海に浮かぶものがくじらだとは、もう誰も気づかないのでした。

寒くて長い冬は終わり、ついに春がきました。
 雪衣はその下にかばっていた赤茶を道づれに溶けてしまい、いよいよ何だかわからない巨大なものが、海の上に現れました。
 さみしげにぷかぷかと浮かんでいるそれは、誰かを待っているように見えます。あるいは本当に、誰かを待っているのかもしれません。
 と、そこに渡り鳥がやってきました。南の方はもう暑いのだ、ぼくはやってられないぞ! と言わんばかりに羽を大げさにばたつかせています。
 しかしやっぱり渡り鳥は、あんまりぷんぷん飛んできたので、くたくたに疲れてしまいました。
どこかで一休みしたいなあ、とそこらを見回すと、ちょうどいい休憩所があるではないですか。
 こりゃあいいや、羽休めも一緒にお腹もふくらまそうじゃないか。
 すいいいっ。上機嫌な着地で、渡り鳥はくじらのからだに降り立ちました。
 かぷり。
あまり綺麗ではないくじらの肉を、あまり綺麗ではないくちばしでもてあそびます。
くじらの肉は、やっぱりおいしくありません。
 ぺっ。なんだこりゃ、腐ってるじゃないか。
渡り鳥は不満そうです。くちばしについた残りかすを、羽をほぐすのと一緒に払いました。
本当ならもう少し休んでいきたいものですが、疲れと不満でいらついた渡り鳥は、とっとと北で巣作りでもしちまおうと飛び立っていきました。
けれども渡り鳥は知りません。
 くじらのおにくの残りかすにくっついて、南の島の花の種を落としたことを。


 それは、ちょうど渡り鳥がほじったところに咲いていました。
 くじらのからだを命に変えて、火炎のような赤黒の肉の中で、けんめいに生きていました。
 きれいなきれいな黄色で、やさしい綿毛が種を運ぶ花です。
 ときどき吹く春のそよ風に、花の綿毛をたくすさまは、とても幸せでした。
 ちりぢりになった黄色の羽は、新しい肌のようにくじらのからだを包みました。
 かじられた尾っぽやお腹だった場所、大うずを起こした喉も、みんな黄色の幸せせでいっぱいになりました。
 もう少し過ぎると、種はまた新しい花を開かせ、今度はぬるい世界の息吹に飛ばされて喜びを蒔きました。
 お天道さまがかんかんになっても、花は粘り強く育ち、かみなりのすき間を縫って綿毛を舞わせました。
 木枯らしにも負けません。黄色はさらに鮮やかさをまして、めげずに何度も空へ昇り、前より多くの種を飛ばせるよう頑張りました。
 雪が降る冬も寒さに震えながら、それでも花は倒れません。くじらのからだ達からほんの少しの栄養をもらって、じっと雲に向かって耐え忍びました。
 そして、また春がきました。
 もうくじらの肉は、雪と一緒にとけてしまい、ほとんどなくなってしまいました。
 ただ、花はそこにありました。
 根をからませ、骨にしがみつき、くじらの新しいからだをつくりあげました。
 それはまるで幸せの大地でした。
 広い広い、大きな海。
 そこには柔らかな黄色の、大きな大きな優しい幸せがありました。



« 15歳の思い出 | トップページ | 守りぬく、地球(すっとぼけ) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1884693/51736444

この記事へのトラックバック一覧です: くじらのはなし:

« 15歳の思い出 | トップページ | 守りぬく、地球(すっとぼけ) »